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LAの映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞受賞「ドキュメンタリー沖縄戦」 2月6日〜大塚シネマハウスでアンコール上映。 [2021]



昨年、LAの映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞受賞。

2月、大塚シネマハウスでアンコール上映。

2月6日〜12日。

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本日の本。左は東京大空襲を描いた作品。 [2021]

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本日の本。左は東京大空襲を描いた作品。

緊急事態宣言中にいっぱい読まねば。


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涙なしには読めない作品と、全く悲しみが伝わって来ないもの [戦争について]

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この2冊。読み終わる。

戦争を題材とした漫画、あれこれ読むと、涙なしには読めない作品と、

全く悲しみが伝わって来ないものがあることに気づく。

何が違うのか? 

戦争体験者の作家と、そうでない作家の違い?

そうではない。

体験者の漫画でも伝わってこないものもある。

では、それは何なのか?


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「ウルトラセブン」脚本家・金城哲夫が最終回に託した沖縄戦の思いとは何か?⑥ー終 [戦争について]

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こうして見ると、『史上最大の侵略』はまさに沖縄戦の意味を問う物語だと思える。実はそれと同じテーマで描かれた『ウルトラ』シリーズがもう1本ある。『帰って来たウルトラマン』の『二大怪獣 東京を襲撃』だ。物語を紹介する東京に現れた怪獣ツインテールのために坂田アキ=主人公・郷秀樹の恋人=が地下に閉じ込められる。

にも関わらず、MATの長官はスパイナーを使い、怪獣を倒せと命じる。そのことで地下にいるアキたちが犠牲になるかもしれない。これも同じ。多くの東京都民を救うためなら、少数が犠牲になってもいいという発想。ウルトラマン=郷秀樹は反対し、MATを辞めてアキを救おうとする。これもアマギ隊員を助けようとしたモロボシ・ダンと同じ思い。

結局、長官の命令を無視して加藤隊長は救出を優先。これも同じ。先のキリヤマ隊長の最後の思いを実践している。こちらにも「沖縄戦」がダブる。調べると、脚本は上原正三。金城の後輩であり、同じ沖縄出身。金城の『史上最大の侵略』に対して、上原が「沖縄戦」への思いを込めたエピソードなのだと思える。先に紹介した薩摩次郎が登場する「地底へGO!GO!GO!」も彼の脚本だ。

そして興味深いのは、両作品で「犠牲やむなし」と命令を下すのは藤田進演じる長官。藤田は戦争映画で何度も日本軍の将校を演じた俳優。彼が二度もまでも長官を演じ、犠牲を強要したのは『史上最大の侵略』も『二大怪獣 東京を襲撃』も、日本軍と沖縄の関係を描いたものだからと思える。

ちなみに、僕が一番好きな『ウルトラ』シリーズがその2本。どちらも繰り返し見ている。そんな僕が「沖縄戦」のドキュメンタリーを監督することになるのも何か、運命的なものを感じる。何しろ、沖縄関連で子供の頃から知っていたのは「金城哲夫」と「上原正三」という名前だけだった。

初めて『セブン』を見てから50年ほど。ようやく彼らが物語に託したものを見つけることができた。その意味でも『ドキュメンタリー沖縄戦』を作れたことに感謝。沖縄完成披露試写会のとき。地元にある金城哲夫資料館を訪ねた時は感無量だった。僕の本来の仕事である劇映画の方で、そんな金城哲夫や上原正三の「思い」を継いだ作品。作って行きたい。(了)

●「ドキュメンタリー沖縄戦」は東京 大塚シネマハウスで今週末まで再上映中です。



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「ウルトラセブン」脚本家・金城哲夫が最終回に託した沖縄戦の思いとは何か?⑤ [戦争について]

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最終回「地上最大の侵略」でウルトラ警備隊は「アマギ隊員の犠牲」の上に人類を救おうとした。キリヤマも同意した。が、セブンがアマギを助け出した。そしてアンヌから「ウルトラセブンは私たちのダンだったのよ」と聞かされる。

体がボロボロになりながら、命を賭けて人類を守って来たウルトラセブン。それは多くの犠牲を出して本土を守ろうとした沖縄人の姿がダブる。その犠牲の上に本土は守られた。セブンの犠牲の上に地球は守られた。そのことを隊員たちはアンヌの告白で知る。そのセブンは遠い宇宙から来たヒーローではなく、自分たちの仲間であるモロボシ・ダンであったことを知る。そう、多くの犠牲を出した沖縄人は遠い異国の外国人ではなく、同じ日本人であった。だから、隊員たちはそこから「セブン」とは言わなくなる。

そう。傷つき犠牲になったセブンは私たちの仲間であるダンだった。沖縄は遠い外国ではなく同じ日本であること。その沖縄に多大な犠牲を強いていたことを金城哲夫は重ねているのだ。そのダンの思い「1人(アマギ)を犠牲にして、多くが助かっても意味はない」隊員たちは理解した。だから、キリヤマ隊長はいう。「地球は我々、人類の手で守らなければならない!」その意味は「地球」=「日本」=「沖縄も日本だ」そこは「人類の手で」=「日本人の手で守らなければならない」つまり、あの戦争では沖縄を見捨てるのではなく、守らなければならなかった。と言う思いなのだ。

一時はマグマライザーの攻撃で「アマギの犠牲やむなし」と考えたキリヤマ隊長も、そこに気づいた。だから、彼は言葉にする。「地球は我々人類の手で守らなければならない」=「沖縄は我々、日本人の手で守らなければならない」「守るべきだった」その言葉は反省だけでなく、未来への提言でもある。「同じ日本だ。日本人が守るべき」その言葉を実践するのが、パンドンとの戦い。いや、セブン=沖縄を守る戦いなのだ。地球のために傷つき戦ってくれたセブン。本土のために多くの犠牲を払った沖縄。その沖縄を守るための戦い。あの時の惨劇を繰り返してはいけない。

だから、隊員たちは「ダン」と呼ぶ。もう、異国の人「セブン」ではない。鹿児島までが日本ではない。沖縄も日本だ。自分たちの仲間なのだ。それがモロボシ・ダンだ。一番きつく批判したクラタ隊長がいう「モロボシ。すまなかった」ここにも金城の思いがダブる。多くの人たちに気づいて欲しい。沖縄の犠牲を知って欲しい。分かって欲しい。すまないという気持ちを持って欲しい。その思いが込められたセリフなのだろう。

しかし、金城はクラタ隊長を責めない。彼の攻撃でアイスラッガーを投げ返すタイミングを逸っしたパンドンを、体制を立て直したセブン=ダンがアイスラッガーを投げ返し倒す。ここにも金城の思いが見える。「分かってくれれば、沖縄は頑張る。まだ頑張れる」という思い。いや、もしかしたら金城自身の思いかもしれない。「多くの人が沖縄を理解し、犠牲を強いたことを分かってくれれば、僕はまだまだ、頑張れる…」東京での生活。故郷・沖縄への思い。様々な疑問と葛藤。差別、偏見の中を生きた彼の、痛切な思いだったのかもしれない。(続く)


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「ウルトラセブン」脚本家・金城哲夫が最終回に託した沖縄戦の思いとは何か?④ [戦争について]

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ーー「地底へGO!GO!GO!」そのエピソードでセブンは自分が救った勇気ある日本人青年の姿をコピーして、モロボシ・ダンと名乗る。その青年の名前が「薩摩次郎」だ。その名前に金城哲夫はある思いを込めていたはず。薩摩は鹿児島県。沖縄の専門家に聞くと「当時、沖縄は日本に所属していたんだけど、誰も沖縄が日本とは思っていなかった。鹿児島までが日本なんだ。そんな時代だった」と話してくれた。日本ではないから、沖縄戦でも捨て石にして、犠牲にしてもいい。という差別意識が軍部にもあったのだろう。

そして、戦後も、沖縄から上京すると差別された。具志堅用高が番組で言った。「具志堅とか、渡嘉敷とか、すぐに沖縄人と分かる名前だと、差別される。部屋を貸りることもできない。だから、鈴木とか、山下とか偽名で生活していた人も多かった」やはり、鹿児島までが日本。そんな時代を過ごした金城が「沖縄人も日本人だ。なぜ、認めてくれない!」そんな思いがあったはず。それが反映されたのが薩摩次郎ではないか?

薩摩(鹿児島)一郎ではなく、次郎。つまり、鹿児島の弟でいい。薩摩の次郎でいい。そんな存在になりたい。日本人と認められたい!そんな思いが沖縄人であるセブンが彼をモデルにした理由ではないか? ちなみに『地底へGO!GO!GO!』の脚本は同じ沖縄育ちであり、金城の後輩である上原正三。金城は『セブン』の企画にも関わっているので、どちらかが「薩摩次郎」という名前を考えたはず。何れにしても彼らの思いが込められている。

せめて「薩摩次郎」になりたい。という思いに当時の沖縄人・金城哲夫の思いを感じ、涙が零れる。その薩摩次郎を目指してモロボシ・ダンの戦いが始まる。しかし、ウルトラセブン=沖縄人であることを隠した。具志堅の話がダブる。それがついに明かされる時が来た。ここが肝心。ダンは最初、アンヌに告白する。「僕は人間じゃないんだ。M78星雲から来た。ウルトラセブンなんだ」あのシューマンのピアノ協奏曲が流れる名場面である。

「アンヌ。驚いただろう?」だが、彼女は言う。「宇宙人でも人間でも、ダンはダンに変わりないわ」この台詞。金城の思いは当時の日本、差別がまだ続いていた時代に、自分が沖縄出身であることを告白したと言う表現。そして、ヒロインであるアンヌはそれに驚かず、受け止めてくれる。「ダンはダンに変わりないわ」そう言ってくれた。それは金城の思い、「心ある人は沖縄を受け止めてくれる」それを描いた場面だ。そんな思いを反映しているので、涙が溢れたのだと思える。金城の思いはさらに描かれていく。あの場面だ。(続く)


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「ウルトラセブン」脚本家・金城哲夫が最終回に託した沖縄戦の思いとは何か?③ [戦争について]

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アマギ隊員が拉致される。ゴース星人は世界の各都市を爆破。降伏を迫る。宇宙人の基地を発見したウルトラ警備隊は爆弾を乗せたマグマライザーで攻撃しようとする。作戦本部にいた隊員の1人は「でも、アマギが捕まったままです!」という。そう、マグマライザーで敵基地を爆破すると、ゴース星人だけでなくアマギ隊員も犠牲になる。でも、長官(藤田進)は「小さな犠牲は仕方がない。多くの人類を救うために諦めろ」と諭す。そしてキリヤマ隊長は「マグマライザー発信」と命令を下す。

その様子をビデオシーバーで見ていたのがモロボシ・ダン。「アマギ隊員を救わなければ!」と隠れていた小屋を出す。なぜ、ダンはアマギ隊員を助けようとしたのか? 昨今の日本映画では「犠牲は美しい」とよく描かれる。今なら「アマギ隊員の犠牲で多くの人類が救われた。ありがとう。アマギ隊員」というエンディングもありだろう。

でも、ダンは傷ついた体でアマギを助けるために、上司から厳しく言われていたのに変身しようとする。「やめろ。本当に死んでしまうぞ」忠告の声が再び響く。そこまでしてダンがアマギを助けようとした理由とは何か? 

そう、それこそが脚本家・金城哲夫の思い。「沖縄戦では沖縄県民が犠牲になることで、本土は守られた。だが、多くを守るためなら、県民は死んでもいいのか? それは違うだろ。沖縄県民を守り、本土も守る。それが日本軍、本来の使命のはずだ」金城はそう考えていたと思える。それを反映させたのが、その場面。

ウルトラ警備隊はアマギ隊員の犠牲の上に、人類を守ってはいけない。アマギ隊員も、人類も、両方を守るのがウルトラ警備隊=(日本軍)の使命ではないか? なのに長官は犠牲を黙認。キリヤマはマグマライザーを発進させた。「違う。それではいけない!」と命を賭けて救出に向かったダンに、多くの犠牲を出した沖縄に育った金城の「思い」が託されていたのだと感じる。

そう考えて行くと、いろんなことが見えて来る。セブンという存在は金城の思いを託した沖縄人ではないか? 「沖縄戦の過ちを繰り返してはいけない。犠牲の上の勝利や平和に意味はない」それを訴えたのがウルトラセブンという存在ではないか? 

アンヌの説明でセブンがダンと知ったウルトラ警備隊の隊員たちは、その後、誰も「セブン」とは呼ばなくなる。皆「ダン」「モロボシ」と呼ぶ。その場面に何度も涙が溢れそうになる。その答えも見えて来る。モロボシ・ダン誕生のエピソードを覚えているだろうか?そこに金城の悲しみがすでに込められていたのだ....。

(つづく)


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「ウルトラセブン」脚本家・金城哲夫が最終回に託した沖縄戦の思いとは何か?② [戦争について]

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『史上最大の侵略』を見てない人がいると思うので、簡単にストーリーを紹介する。ウルトラセブンこと、モロボシ・ダンは長期間に渡って侵略者から地球を守って来たために、体を壊し、命の危険があることを知る。そんな時にゴース星人の侵略。ダンのミスで地球に潜入。地底ミサイルで大都市を攻撃。地球人に降伏を求めて来る。ウルトラ警備隊のアマギ隊員が拉致。敵基地に囚われた。ステーションV3のクラタ隊長がゴース星人の基地を発見。マグマライザーに爆弾を積んで、その基地を爆破しようと計画。

それを知ったダンはアマギ隊員を救うために、傷ついた体のまま、ウルトラセブンに変身。救出に向かう。その直前にダンの正体を知ったアンヌ隊員は他のメンバーにそのことを告げる。「ウルトラセブンは、私たちのダンだったのよ」基地は爆破。ゴース星人の野望を阻止。セブンはアマギ隊員を助けることができた。

が、生き残った怪獣パンドンが登場。傷ついたセブンを痛めつける。キリヤマ隊長の号令でメンバーはウルトラホークでセブンの援護に向かう。。。。という物語。結末はウルトラ警備隊の助けで、セブンはパンドンを倒し、傷ついた体で故郷のM78星雲に帰って行くのだが、さあ、このエピソードで金城哲夫は何を描こうとしたのか?

その前に沖縄戦とはどういう戦いであったか?をまとめてみる。その両方を重ね合わせると、答えが見えて来る。沖縄戦は日本軍がアメリカ軍と戦ったという単なる戦闘ではない。真珠湾やミッドウェイとはかなり事情が違う。敗戦の色が見えて来た日本軍は本土決戦を覚悟。その準備のために、沖縄で持久戦を行い、少しでも米軍の体力を奪い、時間を稼ぐ。その間に本土決戦の準備を整える。勝つ必要はない。

沖縄を捨て石にして本土を守るというのが目的。そのために多くの沖縄県民が戦闘に動員され、あるいは逃げ場を失い犠牲になった。県民の4分の1が亡くなった。それを体験者、専門家の証言で紹介して行くのが、僕が監督した『ドキュメンタリー沖縄戦』

その戦闘の最中、子供だった金城は砲弾の嵐の中を逃げ回った経験がある。多くの友人、親族、近所の人たちが犠牲になった。彼は「なぜ、多くの人が死ななければならなかったのか?」と考えただろう。東京の高校で学びながら「この街の人たちを守るために、沖縄は犠牲になったんだ…」と感じたはずだ。「あの犠牲は必要だったのか?」そんな思いが『史上最大の侵略』に反映されたと思える。さらに金城は切り込む。

(つづく)



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「ウルトラセブン」脚本家・金城哲夫が最終回に託した沖縄戦の思いとは何か?① [戦争について]

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現在、再上映中の「ドキュメンタリー沖縄戦」3年がかりで勉強。映画を完成させたとき、ふと思い出したのは子供の頃に見た「ウルトラセブン」の「ノンマルトの使者」ー金城哲夫の脚本作品。ノンマルトは侵略者ではなく、元々は地球人。その地球人こそが侵略者であったという物語。

また、金城の言葉で「ウルトラ警備隊が自衛隊。ウルトラセブンがアメリカの第七艦隊。そして毎回倒される宇宙人が沖縄人に思えてくる….」と悩んでいたというエピソードも思い出す。彼は幼少の頃。沖縄戦の砲火の中を逃げ回った経験があるとも聞いていた。そう考えていて、あの感動の最終回「史上最大の侵略」で金城哲夫が描こうとしたものが見えてきた。悲しみと憤り。子供向けの作品ではあるが、そこに沖縄戦の思いが託されていたのだ。その話をしよう。

「沖縄戦」では戦時中だけでなく戦後の沖縄も調べた。そんな中で見た、具志堅用高さんが出演したテレビ番組、若き日のことを話していた。当時、沖縄はまだアメリカの統治下にあり、東京に行くのもパスポートが必要な時代。様々な苦労をしたと言う。

同じように金城哲夫も沖縄を出て、東京の高校に入学。大学を出て円谷プロに入社。『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』等の企画立案と脚本を手がけた。僕は当時の作品をオンタイムで見て、再放送も繰り返し見ている。

そして1977年頃に朝日ソノラマから「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の資料本が出て、僕は高校生だったが、相変わらず「ウルトラ」シリーズが好きで購入。好きなエピソードの脚本、多くが金城哲夫だったと知る。調べると沖縄出身。先の『ノンマルトの使者』もそういう背景があるんだなと感じた。

その後、あれこれあって、映画監督になり、脚本も自分で書いくようになる。物語を作るとき、机の上であれこれ考えて、書いても観客の心を掴むものはできない。自身の「体験」や「思い」を反映させないと感動作にならない。

今回『ドキュメンタリー沖縄戦』を監督したことで、沖縄戦を詳しく知り、改めて金城哲夫のことを考えていて、最終回『史上最大の侵略』を思い出した。子供の頃から何十回も見たエピソード。50代となった今でも後編は涙が溢れる。何だろう? あの感動は? 他のエピソードとは違う何かがある。ダンのセリフの裏に何かがあるのではないか? 脚本家は安易にセリフを書かない。いろんな思いを込める。

アンヌ、キリヤマ隊長、クラタ隊長、後半の彼らの言葉は、何度聞いても心に突き刺さる。沖縄戦と関係があるのだろうか? その意味を「沖縄戦」を完成させた時に理解した。解説しよう。(続く)




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