沖縄戦で知らなかったこと① 「沖縄戦って、住民がアメリカ兵に酷目に遭わされた戦争だったんだよね?」 <=それだけではありません [再掲載]
沖縄戦で知らなかったこと①
「沖縄戦って、住民がアメリカ兵に酷目に遭わされた戦争だったんだよね?」
それだけではありません=>「日本兵にも沖縄住民は酷いことをされています」
知らなかった。。。
「沖縄戦ドキュメンタリー」で描きます。
今秋、沖縄で完成披露試写会を準備中とのこと。
ぜひ、沖縄の皆さんに見て頂きたい。
ネットで反論しなくてはいられない人=どんなタイプだろう? [MyOpinion]
ネットで反論しなくてはいられない人=どんなタイプだろう?
以前は、僕が書いた記事に対して長々と反論を書き込んでくる人がいた。今は皆無。本当にありがたい。その頃を振り返ってみる。反論ののほとんどに問題があった。感情的。論理の飛躍。視点の違い。等。また、反論してきた人の背景が分からない。プロフィールを見てもほとんど空欄。顔写真はアニメや風景。年齢も職業も分からない。つまり、覆面を被った人が「お前の主張は間違っている!」というようなもの。ここがネットの一番の問題。そしてこんなことも起こる。
例えば医療について意見を言ってきても、どこまで本当のことか?判断できない。医大を卒業している。医者である。薬剤師である。という記述があれば、信憑性を感じるが、プロフィールに何も書かれていない。その種の経歴、経験が明らかにない人であれば、主張の事実自体が本当か?精査する必要がある。聞きかじった情報かもしれない。そんな背景の見えない人と、医療について議論をするのは無意味。
映画の話であれば、ある程度、相手の意見を聞けば、単なる映画ファンなのか?業界の人なのか?分かる。が、よく映画ファンが「シナリオがいいね」とか批評するが、その部分が本当にシナリオなのか? 監督が後で考えたことなのか? 俳優のアドリブなのか?を考えていない。現場を知らないと分からない部分がある。そんな人と映画の作り方について議論してもこれまた無意味。
だが、不思議なのは医療も、映画も聞きかじったことしか知らないのに「こうなんだ!」「お前は間違っている」と断定するようなコメントがよく来た。分析すると、病気ではないが、思い込みが強い。自分の論は絶対だと考えるタイプ。だから、それとは違う僕の記事が許せない。だから反論するという構図。
あるいは博学である。そこそこ優秀。だが、友達がいない。周りが自分の優秀さを認めてくれない。人々は皆、バカだと思える。そんなタイプもいる。著名人はFacebookをほとんどしない。そんな中で有名ではないが映画監督がいた。「こいつをギャフンと言わせて、俺の凄さを思い知らせてやる!」という道場破りのようなタイプもいた。
いずれにしても、「思い込み」が強い。「友達が少ない」ーなので、客観的な視点を失いがちなのだ。そんな1人1人に問題点を指摘するのもおかしな話。「違うぞ。お前こそが間違っている!」とさらに反論されたり、逆恨みされたりするのがオチなので、最初から反論をお断りしている次第だ。もちろん、絶対的に僕が正しいとは思わないが、問題を知っても、大人は「そんな意見もありだね」と笑って過ごし、いちいち反論して来ない。
つまり、反論を長々とする人は何か悩みや問題を抱えていることが多い。そのはけ口を探しているようだ。全員とは言わないが、そんな方々のお相手はできない。僕の記事を読んで賛同しても、しなくても「へえーこの監督はこんなこと考えているんだ」と気楽に読んでもらえると、ありがたい。
Twitterで感じる社会の関心事。どうすれば沖縄戦に興味を持たせられるのか? [沖縄の現実]
Twitterで感じる社会の関心事。どうすれば沖縄戦に興味を持たせられるのか?
Twitterを見ていると、世の中の関心事が分かる。昨日はやはり台風被害についてかなり流れていた。それに関連して二階幹事長の発言批判。山本太郎が九州で街頭演説をしたというもの。まあ、僕がフォローしている人たちが、その種のニュースに関心が強いということでもある。AKBファンならAKB関係をフォローするから、タイムラインに流れるのはAKBのことばかりかもしれない。
そんなTwitterで「ドキュメンタリー沖縄戦」について毎日、告知しているが、反応は弱い。いや、沖縄戦どころか、原発事故についてもあまりtweetされていない。わずか8年前の福島第一原発の事故についても関心が低いのだから、74年前の沖縄戦など関心がないのは当然かもしれない。
監督日記というブログを3つ連載しているが、一番人気は「朝日のあたる家」日記ーこれはもう6年続けているが、今もアクセス数が多く。So-netブログ映画でベストテンに入っている(本日は5位)れいわ=山本太郎人気もあるが、原発以外の社会問題にも切り込む記事があるので支持されるのだろう。
次が「明日にかける橋」日記。こちらもベストテン内にいる(本日9位)映画はすでにDVDになっているが、今も連載。「朝日」との差別化のため、社会問題等ではなく、俳優や映画監督を目指す人への応援記事を掲載。あと映画の感想等の記事も上げる。
そして「沖縄戦」日記。本日は14位。一度も10位内に入っていない。関心の低さを痛感する。何度も書いているが、どうすれば興味を持ってもらえるのか? そう書いたらTwitterで
「人気アイドルを出演させて作るとかの工夫が必要ですねよ」
とのコメント。だから劇映画でなくドキュメンタリーなんだよ!
その辺からも関心を持ってもらう難しさを痛感している。
ブランドや肩書きに左右される人たち。尊敬と嫉妬の間...(下) [MyOpinion]
ブランドや肩書きに左右される人たち。尊敬と嫉妬の間...(下)
ー2015年の記事より
「態度がデカい!」「傲慢だ!」
僕自身は今までと同じ態度でいてもそう言われた。ま、傲慢なのには昔から、映画監督をやるような奴は皆、傲慢だ! 先日も、お世話になった方になかなかお礼状を書く時間がなかったのを、ようやく出すことができた。ら、
「偉くなったので、私なんかに返事はくれないと思ってましたよ」
と言われた。偉くなんかなっていないし、時間がないので連絡できなかっただけだ。でも、そんなふうに解釈される。
僕自身が大監督として認められ、評価されたのなら分かるが、有名俳優と仕事しただけ。なのに、こんなふうに妬まれたり、皮肉られたりするとは驚き。だが、先にも書いたが、多くの方が喜んでくれたり、映画が話題になったりとメリットも大きい。
それにしても人というのはブランドや肩書きが好きなんだなあと痛感している。東大を出ているから「偉い」。一流企業で働いているから「凄い」。そんなふうに、その人の中味を知らないのに、尊敬したり、妬んだり。
でも、本当は肩書きやブランドではなく、その人が何を考えているか? どんな夢を持っているか? どう、がんばっているか? そんなことで評価すべきなのだ。
が、ものごとを見る目のない人は、そんな肩書きやブランドでものごとを判断する。そして、それに振り回されている。つまり、そんなことであれこれ言っている人たちというのは、肩書きやブランドが好き。
そんなタイプは努力せずに注目されたいという傾向がある。高級ブランド好きがまさにそうだ。肩書きとブランドでしか評することが出来ない人たちということなのだろう。それがよく分かった。そしてそれが芸能界によくいる人たちということでもある。ははは。下らない....。(了)
ブランドや肩書きに左右される人たち。尊敬と嫉妬の間...(上) [MyOpinion]
ブランドや肩書きに左右される人たち。尊敬と嫉妬の間...(上)
ー2015年の記事より
これまでの僕の映画は新人がメインでベテラン俳優が脇を固めるというスタイルだったが、4作目の「向日葵の丘」は国民的有名俳優たちがメインで活躍する作品である。
その意味でこれまでとは違う反響があり、国民的俳優の力の凄さを痛感していた。
「監督。今回は凄いですねー」「よく出演してくれましたね!」「監督の力が認められて来た証ですねー」
とか、いろんな人にいろんなことを言われた。内容的にはもやはり、トップランナーの実力は凄いものがあり。作品クオリティも高いものが出来た。
しかし、同時にこんなことを言う人たちも出て来た。
「有名俳優に出てもらって調子に乗ってないか?」「何か最近、お前、変わったなあ〜態度がでかいぞ?」
という業界の人たちもいる。僕は何も変わらない。そもそも、有名俳優に出てほしくてキャスティングしたのではなく、役にふさわしい俳優さんたちを選んだだけであり。有名かどうか?は実はそれほど重要ではなかった。
確かに有名俳優たちに出演してもらうのは大変なこと。それなりの作品でないと出てもらえない。その上、有名俳優たちは皆、僕のシナリオを読み、気に入って出演を決めてくれた。その意味でラッキーであり、感謝している。
そして、はっきりいうと批判する先輩監督たちの作品には有名俳優が出てない。多分、僕の態度の問題ではなく、「悔しい」「何であいつなんかの映画に!」と思われ、批判の対象となったのだろう。いかにも芸能界でありがちな展開だ。さて...。この状態を分析してみる。(つづく)