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都会で夢を追う若者たち。彼らもまた村ルールに縛られていた?=教えられなくても実践してしまう日本人の特性? [ムラ社会ルール]

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都会で夢を追う若者たち。彼らもまた村ルールに縛られていた?=教えられなくても実践してしまう日本人の特性?

ムラ社会ルールを考えると、いろんな疑問が解ける。「今更、何言ってんの?」と言われそうだが、同じ地方に長年住み、地元の付き合いがなければなかなか気づかないことかもしれない。

僕がよく書く「思い出」として、学生映画時代に遅刻して来た友人の話がある。撮影の朝に遅れてくる。1時間経過。まだ来ない。「かわいそうだから待とう」という友人。それに同意する友人たち。そのために夕方までに予定を消化できず、取り残しが出るという話だ。

多くがプロを目指す若者たち。なのに遅刻を許し、その日の撮影予定を終えることができなかった。あれも背景にあるのは村ルールなのだと思える。当てはめてみよう。

遅刻してくる友人(問題を起こした責任者)。「待たずに現場に行こう」というと「可哀想だろう。待ってやろうよ!」という別の友人が止める。皆、それに同意。

=>③「被害に遭った人が責任者を責めると、みんなで被害者を叩きく」

そう。遅刻した者ではなく、早く現場に行き撮影しようという正論を主張したものが批判される。そして
皆、それに同意。

=>①「トラブルが起こっても、見て見ぬふりをする。何事もなかった顔をする」

実際、遅刻して来た友人を誰も責めない。友人は遅れた反省はなく、すぐに輪に溶け込んだ。トラブル=遅刻はなかったことに。

=>②「問題を起こした責任者を追求しない」

遅刻のために撮り残したが出たが、誰も遅刻した友人のせいとは言わない。「太陽が沈んだので仕方がない」とさえ言う。友人が約束の時間に来ていれば予定の撮影は全部できたのだから、彼に責任がある。が、それに触れない。そのために、皆が別の日に同じ場所に来て、取り残しを撮影することになる。交通費を払い、バイトを休み、時間を割く。

全員にとって大きなマイナス。=>⑤「実質的なメリット。街全体のプラスより、個人のメンツや付き合い平穏を大切にする」

メンバーの多くは将来プロを目指す映画学校の生徒。だが、彼らはそのためのステップである映画作りより、友達を大切にする。当時、僕はプロを目指すと言いながら、「仲良しごっこ」で「映画撮影は楽しいーなあ」と言う趣味レベルの者が多かったのが背景だと考えた。

が、それだけではなく、村社会ルール。つまり、多くの日本人の習慣に縛られているそれも、原因の1つだと思える。島国ニッポンでは、国のためになる、地域のためになる、自分たちのためになることより、平穏で、争わず、トラブルを起こさない(起これば見て見ぬふりをする)問題を起こしても責めないで、トラブルがなかったことにするーことが、最優先とされる。それを20歳前後の映画学校の学生も実践していたと言うことなのだ。

何度も書くが、福島の原発事故に対する国の対応も同じ。福島の重大な被害、危険性を指摘すると「危険を煽るな」「差別するな」「デマだ」と批判される。線量がまだまだ高く危険な地域を知りながらも、知らない振り、見て見ぬ振りする。また、同じ事故が起こるかもしれないのに、事故はなかったかのように振る舞い、触れない。そして東電のトップは何ら責任を取らず、法的な追求もなかった。

=>②「問題を起こした責任者を追求しない」

学生時代の「遅刻事件」での友人たちの対応と国のそれはとても似ている。いや、ほぼ同じ。根本的な解決をせず、トラブルをなかったことにし、触れない、知ろうとしない、知らない振りをする。そのことで映画撮影は時間も費用も無駄にし、完成が遅れるが、誰も触れない。そして彼らもまた責任者を追求しなかった。

単なる偶然とか、たまたま似ていると言うことではないだろう。日本人の習慣、習性、日本人ルールなのだ。「優しさ」「仲間を大切にする」行動と言えるかもしれない。が、多くのマイナスがある。そこに気づかない。あるいは触れない。実際、僕の周りでも遅刻事件はよく問題になったが、多くが同じ対応。ほとんどが、プロになることなく終わった。

「将来は映画の仕事をする!」と夢見て上京してして来た若者たち。彼らは村ルールを守ったつもりはないだろう。むしろ、友情を大切にしたい。友達思い、と言う意識だろう。友達に寂しい思いをさせたくない。みんなで一緒に頑張る。遅刻したくらいで批判しない。そう考えると優しい、いい子たちだ。

が、プロとして時間を守る。予定したスケジュールをこなす。現場で起きた問題が何なのか?を考える。原因を追求し、改善する。そんな姿勢が友人たちからは感じられなかった。分かりやすく言うと「仲良しごっこ」だから、プロにはなれなかった。その背景にあったのが村ルールだと思える。

同じことをあちこちの地方の大人たちもやっている。町のために何かしたい。PRしたい。魅力を伝えたい。でも、周りの顔色を伺い。トラブルを避ける。見て見ぬフリ。責任を追求しない。だから、地方は新しい展開ができないことが多いのだろう。

しかし、まさか、学生映画をやる、20歳前後の若者までが、学校で教えられた訳でもないのに、そんな村ルールに縛られていたこと。ショックだ。そこから抜け出すことが21世紀の課題なのではないか?

(ムラ社会ルール?)

①「トラブルが起こっても、見て見ぬふりをする。何事もなかった顔をする」
②「問題を起こした責任者を追求しない」
③「被害に遭った人が責任者を責めると、みんなで被害者を叩き、トラブルに触れず、無かったことにする」
④「トラブルを避け、問題を起こさないこと。人と違うことをしない。新しいことを受け入れず、協調を大事にする」
⑤「実質的なメリット。街全体のプラスより、個人のメンツや付き合い平穏を大切にする」


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