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人生最後の戦い。あと15年。コロナで把握=長生きしなくてもいい。素晴らしい作品を作りたい! [MyOpinion]

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人生最後の戦い。あと15年。コロナで把握=長生きしなくてもいい。素晴らしい作品を作りたい!

スターバックスでコーヒーを飲みながら、ヘッドフォンで音楽を聴く。あれこれ青春時代を思い出していた。18歳からは横浜で暮らし。映画学校に通っていたが、あまりに意味が感じられず登校拒否。学生映画を始め、同じ夢を持つ仲間と出会った。8ミリカメラを武器に戦いを始めた。それが今からちょうど40年前だ。

その頃に矢沢永吉を知り聴き始めた。それまでは洋楽しか聞かなかったが、友人にファンがいて、彼の歌を聴かせてくれた。自伝の「成り上がり」を借りて読んだ。ミュージシャンを目指して広島から上京。その途中、横浜で途中下車してしまい、そこでバンドを始める。「僕と同じようなスタートだ!」と共感した。

それがきっかけで聴き始めたので、僕の「映画監督への道」と彼の歌がシンクロし、その歌がヒットした時、僕は何をしていたか?を明確に覚えている。横浜で5年。その後、LAで6年。帰国したのが1990年。91年から日本での活動をスタート。そこから5年後に脚本家デビュー。さらに2年後に監督になる。が、映画監督デビューは2005年だから、帰国から15年かかった。

映画監督業を始めたのは、ついこの間と思っていたのに15年もたっていた。まだまだ新人!と思っていたら、中堅になっている。ベテランというにはまだ恥ずかしい。が、もうすぐ60歳。監督業に定年はないが、会社員なら引退の歳だ。黒澤監督も大林監督も80代まで映画を撮った。僕はどうなるか?分からないが、同じくらいまで撮れたとしても、あと20年。健康を考え75歳まで頑張ったとしても、あと15年だ。

デビューから15年。死亡推定年齢まであと15年。折り返し地点と言える。この15年は本当に全力疾走。何度も過労で倒れて、半年近く寝込んだこともある。1人で7人分の仕事をした。最初の頃は敵も多く、足を引っ張る。邪魔をする。余計な口出し。批判。悪口。そんな連中との戦いに映画製作以上のエネルギーを使った。

が、1作ごとに、そんな輩を排除。近づけないようなシステムを作り、今では素晴らしいスタッフばかり。あれこれ言っている連中もいない(遠くで言ってるだろうけどね!)素晴らしいキャストが毎回、出演してくれる。「次回も出たい!」と言ってくれる有名俳優たちもいる。その意味でとても恵まれている。あとは僕自身がより良い脚本を書くことだ。

春にコロナ禍で全てがストップ。時間ができたことで15年が経っていたことに気づいた。そして次の15年が人生最後の15年になることを実感。だったら、後半戦が始まる前にあれこれしておこう! 部屋を片付け、買ったのに見ていないDVDを観て...と、でも、半分も終わらないうちに緊急事態宣言は解除。その後は「ドキュメンタリー沖縄戦」公開が決定。4ヶ月間ー宣伝活動に奔走。

10月に入り、映画館公開も終盤。あとは週末のLAの映画祭イベントにZOOM出演するのが最後の仕事か? いや、まだやらねばならないことがあるが、もう一息だ。だから、緊急事態宣言下の続き。いつ過労死してもいいように部屋を片付け。いつでも映画製作できるように資料等も整理する。

映画製作になると、押し入れから出した物を戻すことさえできず、部屋が倉庫状態になる。数年前からそんな感じ。まず、そこから始める。気持ちはまだ17歳だが、60代が近ずく。今は健康状態に問題はなく、血圧も下がった。製作が始まるといつも危険値になるが、今は大丈夫。最後の戦い。15年の戦い。

5年で燃え尽きるかもしれない。が、長く続けることが目的ではない。観客の心を揺るがす映画を作ることが目的。無事完成すれば過労死してもいいと思っていつもかかる。製作途中で死ぬのは嫌だけど。妻も子供いないから安心して戦える。そんな最後の戦いが始まる前に、あれこれ片付けをしておく。


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