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「朝日のあたる家」鹿児島上映会が決定! 2月12日(火)13:10〜  [告知]

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「朝日のあたる家」鹿児島上映会が決定!

2月12日(火)12:30受付開始 13:10〜 

場所、本願寺鹿児島別院 

住所、鹿児島市東千石町21−38 

電話099−222−0051 

入場無料

お寺での上映です。鹿児島は川内原発があり、現在稼働中。

原発に関心のある方。ぜひ、ご覧ください。


映画館公開時、鹿児島の映画館では5日しか上映できませんでした。
宣伝も十分にできなかったと聞いています。この機会にぜひ!

映画についての情報= http://www.asahinoataruie.jp




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悪意がなくても、トラブルを起こす人たち。映画製作はいろんなことがある?=映画製作の難しさ③ [映画業界物語]

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悪意がなくても、トラブルを起こす人たち。映画製作はいろんなことがある?

地方で映画を作るときに難しいこと。2回書かせてもらった。「感謝」の気持ちを伝えることは良いことだと子供時代から思っていたが、そのことで誤解を生み悲しい思いをさせてしまうことがあるなんて想像もせず(前回の記事)。映画作りは常識的な判断だけでは行かないことも痛感した。

もう一つ、そんなケースを紹介しよう。地方映画は地元から多くの人が支援、応援してくれる。地元のみならず以前のロケ地。全国の街からも市民俳優として出演してくれたり、ボランティアで来てくれる人もいる。毎回、多くの人が参加してくれるので本当にありがたい。が、あるときスタッフにこう言われた。

「監督はよく一般の方のお手伝いを受け入れますが、それを嫌う監督も多いんですよ。良かれと思って参加してくれても、プロではないのでお願いした仕事ができず。余計に手間がかかったり。トラブルを起こしたりするからなんですけど...」

確かにそれはある。だが、ボランティアで来てくれる人に悪意のある人はなく、その人が出来る仕事を考えてお願いする。プロでなくてもできることを手伝ってもらう。それだけでも低予算映画の場合は多いに助かる。が、あるとき、僕の想像を超える事件が起こった。

「監督の映画、素晴らしいです。応援させてください!」

と近づいてきた女性がいた。撮影の手伝いだけでなく、映画イベント等にも現れ、周りの人たちにも接触。その後、次々にトラブルを起こした。これは慎重に説明せねばならないが、その人は病気。体は健康だが、心が病んでいて物事を歪めて捉えてしまう。だから、トラブルが起きる。

僕がこれまでに書いた「その種の記事」を読んでくれた方は分かると思うが、その病気の実情を多くの人は知らない。それどころか間違った認識を持っている。急に叫び出すとか、暴れるとか、非常識な行動を取るとか、そんな症状の人もいるが、そうではない患者の方が多い。それを見分けるのは一般の人にはまず不可能。「ちょっと変な人?」と思うか?あるいは病気だと全く気づかないのだ。

患者も自分が病気だと気づいていないことがある。そして、事実でないことを事実だと思い込んだり。妄想を信じてしまう。そして

「***さんにいじめられた....」

「酷いことをされた....」「騙された....」「辛い。もう死にたい.....」

と騒ぎ、泣き、言い触れ回る。周りの人はそれが事実だと思う。

「可愛そうだ」「酷い話だ」「許せない」

と思って酷いことをした相手を攻撃する。が、相手には覚えがない、患者の思い込みとか妄想だからだ。なのに周りから批判、攻撃される。事実ではないので反論。結果、病気でない人同士が争い、トラブルになる。ありもしないことで揉める。でも、原因がその患者にあることに気づかない。そんな病気があること自体、多くの人は知らない。

自身が被害者であるかのように演じて、皆の注目を集め、妄想を語り、周りを巻き込んでしまう。さらに患者はネットを使い、自分は被害者だとアピール。いろんな人にありもしないことを伝えて周り、同情を得ようとする。それに引っかかり応援する人まで出てくる。

周りから見る健気な頑張り屋に見えてしまう。そして患者は若い女性に多いので、攻撃された男性の方が悪者だと思われる。僕は以前から精神病は勉強していたが、その病気は全く知らなかった。そんな患者が撮影のお手伝いに来たことがあり、トラブルが起こった。

最初は理由が分からず、あれこれ考えていたら知り合いの精神科医さんが教えてくれた。早目に気づいたので大事にはならなかった。が、迷惑がかかった人もいた。患者に悪意はない。「映画のお手伝いをしたい」と真剣に思っている。が、思い込みが強く、妄想があるので

「私は騙された〜」

と騒いでしまう。患者ではないが、出演者のファンがボランティアを装って参加。その俳優に近づこうとしたり、私物を盗んだりすると言う話を聞いたこともがある。隠れて写真を撮る。アイドルグループのイベントで刃物で斬りつけるという事件が少し前にあったが、悪意を持った人たちもいる。

それを最初に見極めるのは難しい。特に患者の場合は悪意がなく、トラブルを予期するのは困難。なので、多くの監督たちは一般のお手伝いを敬遠しがちなのだ。僕は基本、やる気のある人は受け入れる!という姿勢だった。そして悪意のある人間を見抜くのは得意で、金目当て、映画を利用しようと近づいてくる輩は、これまで何人も見抜いてブロック、追放している。

が、病気であることは専門医でないと分からない。そんなことがあってから「やる気がある」「好意的だ」というだけで信頼してはいけないと思うようになった。悲しい話だ。また、最初は好意的で応援してくれても、映画の世界は一般的の人に難しいところがある。が、知らない人には、当たり前のことでも「それは許せない!」と思うこともある。価値観や方法論が違う。

「ボランティアで手伝ったのにギャラがなかった」

と文句を言う人もいる。(ボランティアは無償行為)「だったら、お金でなく記念品をくれればいいのに」と言う。それが出せるくらいならボランティを受け入れたりはしない。悪意はなくても、筋違いの不満を持ち、腹いせのために

「利用された〜酷い〜」

と言い触れ回る人も時にはいる。そしてデマや嘘を信じて、一緒になって批判を始める人もいる。そのために他のボランティアの皆さんが巻き込まれたり、迷惑をかけたりもする。それ以来、対策を講じている。応援してくれる人を疑わなければならないのは悲しいことだが、そんなことも考えていかねばならない。


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感謝を伝えたことで、逆に恨まれてしまうこと=映画製作の難しさ② [映画業界物語]

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感謝を伝えたことで、逆に恨まれてしまうこと=映画製作の難しさ②

昨日書いた記事が好評だった。映画を応援してくれた人が「今度はワシらの言うこと聞いてもらわないとな?」とあれこれ頼みごとをするという話。

政治家でも「この町を良くするために!」と立候補したのに、当選すると応援してくれた人が「俺の会社に自治体の仕事を回して欲しい」とか、「息子を有名大学に合格させて欲しい」とか、個人の要求をしてくるのは良く聞く話。人はなぜ、勘違いをするのか? 

その候補を応援したのは「町をよくしてくれる」と信じたからだ。それを「応援したから」=>「俺の会社に自治体の仕事を回せ」と言うのは筋が違う。要求するのは「この町を良くしろ。だから応援したんだ」と言うべきなのだ。映画も同じで

「故郷をアピールする映画を作るから応援した」

はずなのに、映画を応援したのだから、監督、ワシらの頼みを聞いてください」も政治家と同じ構図。最近はそんな筋違いな頼みごとをしてくる人はいないが、以前は映画を作るたびに、その種の人が何人も連絡して来た。

その種の話をもう一つ。毎回、いろんな方の応援で映画は完成する。感謝感謝。応援してくれた方々ーお1人お1人に、その気持ちを伝えたい。が、主要な方々だけでもかなりの数。一度に全員を訪ねることはできない。

撮影後にお礼に伺うが時間に限りがある。監督は本来、撮影終了と同時に帰京し編集を始めなければならない。が、1週間ほど帰京を伸ばして挨拶回りをしていた。それでも全員は無理なので、次に地元を訪ねた時、お礼を言えなかった人たちを訪ねる。すると前回、お訪ねした人がこう言っていたらしい。

「今回、俺は無視ですか? 撮影後だけ挨拶に来て、今回は来ないんだな....監督は酷い…」

悪い人ではない。熱烈応援してくれた方。ありがたかった。が、毎回、ご挨拶には伺えない。他の何十人も訪ねなけれならない。先輩はこう言う。

「その人は監督がわざわざお礼を言いに来てくれて、嬉しかったんだよ。それで親しい友人になったと思った。次に地元に来た時も、きっと訪ねてくれると思った。でも、来なかった。行けないよな? 他の人にお礼言って回るんだから。でも、その人は友人だと思っている。なのに来ない。寂しい。それが怒りに変わる。恩知らずだ!になるんだよ」

そんな人は極々僅か。でも、分かる部分もある。例えば、僕が飲み会で意気投合した。飲み代を奢った人がいたとする。メルアド交換して、あとで連絡したが返事はない。「何なんだ?」と思う。

「あの時、盛り上がって、酒代奢ったのにー。失礼な奴だな….」

それと同じ感覚なのだ。ただ、違うのは、飲み会なら1人VS1人。お礼ができる。が、映画の場合は1人VS100人。1人が100人にお礼するのはかなり大変。それが分かってもらえない。何人かが飲み会の構図で考えしまう。

「失礼な奴だ…結局、俺は利用されんただな…」

それを聞いた別の人が言う。

「そういえばウチにも監督はお礼は来なかった。ほんと失礼ね...」

でも、その人は近所で行われた撮影を見に行っただけ。俳優に「頑張ってくださいね!」と声をかけただけ。でも、いつしか応援したつもりになっていたので話を聞き「うちにも挨拶に来なあったわ。失礼ね...」と思えたらしい。

本来、映画撮影のお礼参りは制作担当がする。監督は編集があるので、いち早く帰る。挨拶回りで編集が遅れて完成が間に合わないと、多くの人に迷惑がかかる。が、僕はそれでも感謝の気持ちを伝えようと地元に残りお礼を伝えていたが、そのことが結果として誤解させて傷つけることになっていた。先輩は言う。

「そもそも、町の映画だ。本来は地元の人が監督に映画を作ってくれてありがとうーとお礼を言うべき。それを逆に、監督が感謝して回った。1週間も居残りしてだ。そんなことをするから、何人かは町の映画ではなく、監督の映画だと思ってしまう。

映画の応援ではなく、監督の応援をしたと思い込む。だから、次に来た時に挨拶がないと、拗ねてしまう。裏切られたと思う。お前にも問題があるんだよ」

もちろん、2度も3度もお礼に行かなくても理解してくれている人がほとんどだ。が、どこの町でも必ず誤解する人がいる。そんな人は非常に純粋で真面目な人が多い。だから心が痛む。そしてお礼に伺うことで、そんな結果になるなら考えねばならない。すでに担当者が挨拶回りはしっかりしているのだ。そんなことが以前はよくあった。

最近はこう考える。1人1人を訪ねて感謝を伝えるより、少しでも素敵な映画を作り、多くの人に喜んでもらうこと。そのために仕上げに全力を尽くすのが監督の責務だと。お礼は言葉ではなく作品で伝えることが大事。そう考えるようにしている。


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「映画を応援しました。だから今度はワシらのために***して下さい」と頼んでくる人たち。それってどうなの?=映画製作の難しさ① [映画業界物語]

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「映画を応援しました。だから今度はワシらのために***して下さい」と頼んでくる人たち。それってどうなの?=映画製作の難しさ①

地方映画を作ると、いろんなことがある。最近ではなくなったが、以前は撮影時にお世話になった方から頼みごとをされることがあった。

「撮影中に車を無料でお貸ししました。前売券も10枚売りました。今度は私のために一肌脱いでもらえますか? 監督さん」

そう言われた。今考えればおかしな話。前売り券を何枚売ってもらっても、監督に歩合は入らない。車を貸してもらったことで、レンタカー代が浮いて、助かったのはプロダクション。その見返りを監督に求めてくるのは本来、筋が違う。

が、相手は悪い人ではない。力を貸してほしいという。他にも「イベントに来てほしい」「文章を書いてほしい」「審査員をしてほしい」「トークをしてほしい」と頼んでくる人もいた。ただ、皆、1〜2度会っただけの人だ。そして、こう思っているようだった。

「だって、映画の応援したんだから、そのくらいやってくれるよね〜」

そのために自腹でロケ地まで行く。宿泊費も出ない。

「監督は地元によく来るから交通費いらないよね〜。タダで泊めてくれる人もいるんじゃない?」

という感覚。皆さん。悪意はない。深く考えない。基本はいい人たち。ただ、いつしか僕は「地元によく来る人」にされていた。それは映画準備で通ったのであって、映画公開後に行くことはない。でも、「よく来る人」になっていた。

「映画監督は金持ちだしな」

「俺の売ったチケット。料金の50%は監督の懐に入っているはず!」

ありもしないことを想像する人もいた。監督料が安いという現実を知ると仰天するだろう。でも、応援してくれたのは事実。感謝の気持ちもあって、頼みに応えていた。が、交通費も出ない。1日がかり。そんなタダ働きが何度も続いた。

田舎の選挙で、応援した。当選したら、あれこれ議員先生に頼みごとをしに行く。「だって、選挙で応援したでしょう?」というのと同じ構図だと分かってきた。

「今度はワシらの言うこと聞いてもらいますよ! 映画の応援したんですから!」

と言われたこともある。そもそも、映画は街のために作っている。街を全国にアピールするため。それでなぜ、僕が特定の人にお礼をせねばならないのか?  そして本当に応援してくれた人は、頼みごとをしてくることは少ない。小さな応援をした人に限って大きな見返りを求める。頼みを断ると言われた。

「あんなに応援したのに......俺は利用されたということだ....」

そう言い触れ回る人もいた。「いい人だと思っていたのに。裏切れた!」と。今はもうそんな人はいないが、最初の頃はよくあった。先輩はいう。

「それはお前が悪い。いくら無名でも映画監督だと聞けば皆、興味持って近づいてくるもの。2度会えば、もう友達感覚。頼みごともしたくなる。利用しようという輩も出てくる。

その上、お前は頑張り屋だから、それが裏目に出る。田舎で映画撮る時も張り切るから、地元の人はいつしか、町のための映画ではなく、この監督が撮りたい映画!になってしまう。だから、町興し映画ではなく、この監督のお手伝いをしているという気持ちになる。それで見返りを求めてくるのさ」

一時期のFacebookでもそうだったが、何度かコメントをやり取りすると、急激に親近感を持たれ、説教されたり、注意されたり、それだけならいいが、スピーチをして下さい。会に来て下さい。もちろん、交通費自腹でギャラはなし。さらに寄付を下さい。デモに参加してください。とあれこれ頼まれた困ったこともある。先輩はいう。

「それも同じ。この監督は金のためでなく、頑張っている。だから、私たちの街でも自腹で来てくれるはず!と勘違いするのさ。何事も適当にやらないと、バカを見ることになる。一般の人に映画人がどれだけ経済的に苦労しているか分からない。そのくせ忙しいか知らない。彼らにとって映画はお祭りなんだ。だから、俺たちが注意して接することが大事なんだよ」

最近ではその手の頼みごとはなくなった。ロケ地の人たちも理解してくれている。ただ、相変わらず一生懸命やると勘違いされることがある。先輩のいう「俺たちが注意しなきゃいけない」というのは正解。映画という仕事は理解されにくい。誤解や想像で批判してくる人もいる。

最近はこう考える。僕が応援してくれた人たちにすべきは、個人的なお礼をすることではなく、感動作を作ること。それが最大のお返し。そう考えている。

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「さとうきび畑の唄」という沖縄戦を描いた感動のドラマがあった。=でも、今はその手の作品は制作できない? [映画&ドラマ感想]

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「さとうきび畑の唄」という沖縄戦を描いた感動のドラマがあった。=でも、今はその手の作品は制作できない?

昨日は「チビ」編。証言者の言葉に何度も涙する。戦時中、沖縄でそんなことが起こっていたこと。50年ほど生きているが全く知らなかった。学校の授業でも習わない。映画やドラマでもほぼ描かれない沖縄戦の事実。胸に突き刺さる。

編集しながら戦争を体験した方々の話を再度、聞いているのだが、なぜ、そんな事実が多くの日本人に伝わっていないのか? もちろん、書籍はある。が、なかなか読むことはない。報道番組でも終戦記念日になると、その手の報道はある。NHKでも新しい事実が分かったり、話題になると特集番組を放送する。

だが、その時だけ。それも部分的な報道なので沖縄戦全体が分からない。そう考えると、2003年に放送されたTBSの「さとうきび畑の唄」は凄いことだった思える。主演が明石家さんま。共演に黒木瞳、坂口憲二、仲間由紀恵、上戸彩、オダギリジョー 仲間由紀恵、と豪華キャスト。さらに「さとうきび畑の唄」を森山良子が劇中で歌う。視聴率26.4%

あとあとまで、さんまさんがバラエティ番組で「ザワワザワワ〜」とギャグにしていたので知る人は多いだろう。さんま&上戸彩という人気者が出演することで若い世代も多く見たはず。視聴率26%を乱暴に計算すると2600万人位が見た事になる。それだけの日本人が沖縄戦とはどういうものであったか?を断片的にでも知ったのだ。

作品自体。お涙頂戴の戦争ものにはならず、過酷な戦争をしっかりと描いていた。それでいてさんまのキャラが生かされていて、ドラマとしても面白く見れる。戦場の描写はお茶の間で見ることもあり、軽めに描くかと思いきや「戦争のはらわた」を思い出す(意識した?)もので残酷さをしっかりと描いていた。

これが沖縄戦.....これが戦争......そう感じられるドラマだった。最近の戦争ものは「お国のために戦った。愛する者を守るために戦った兵士....」というものが多いが、このドラマはそれとは違う力作だった。が、もう16年も前の作品。これを今、作ることも、再放送することもできないだろう。

もう一度、戦争をしたい!という人たちがマスコミに圧力をかけ、その手のドラマや報道。特集は非常にやり辛い時代になっている。だからこそ、その手の戦争の悲惨さを伝える作品が必要なのだが、それが難しい時代。そんな中、沖縄戦のドキュメンタリーを僕が担当できることは、幸運であり、やり遂げなければならない仕事と思える。

「チビ」編を終えて、最初から見直してみると、結構いい形で沖縄戦の流れがまとめられており、この映画を見れば沖縄戦の概要は分かる。もちろん、いろんな事実があるので、その全ては取り上げられない。が、証言者のインタビューを中心に戦争の展開も説明されており。

記録映像もふんだんに使用しているので分かりやすい。現在、手に入るその手のDVDはほとんど見たが、それらに負けない中身はありそうだ。ちなみにドラマ「さとうきび畑の唄」ー内緒だがYouTubeに上がっている。それで見ることが出来るので興味ある方はぜひ。検索すると簡単に見つかる。話題になると削除されるので、こっそり見て欲しい?


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沖縄戦ドキュメンタリー編集報告 作品最大のテーマ。見えてきた。 [編集作業]

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沖縄戦ドキュメンタリー編集報告 作品最大のテーマ。見えてきた。

昨日は打ち合わせのために作業できず、それでも夜、編集室に戻り、タイムラインを確認した。

先日、「チ」編を作業。続けて「シムク」編の予定だったが、「チ」編がとてもいい。作業しながら涙が溢れた。証言をしてくれた方の熱い想いが心に刺さる。その中で出てくる言葉が印象的なので、その解説パートを後に持って来ようか?と考えている。予定ではさらに後ろにそのパートがある。それを前に持って来て「シ」編との間に入れる。

そうなると「チ」編の前にそちらを編集せねばならない。となると、そこに入る証言映像を準備。これまでの体験者の証言ではなく、専門家の解説映像がある。最後の最後に入れようと思っていたので、まだ取り込んでいない。なので、元データを変換。素材用のHDDに移す。

それが意外に面倒。まず、データをファイナカット7で変換。Xでの変換法がまだ分からない。10時間近くあるので、時間がかかる。「セットして今日は寝よう!」と翌朝見ると、うまく行っていない。なので、今朝からまたやり直し。今もまだ変換作業が続いている。

それができれば専門家のインタビューに入る。沖縄戦を研究している方。つまり学者さんにいろんな質問をして、解説してもらっている。その時に、先の「印象的な言葉」についての質問もさせてもらった。それこそが僕が沖縄戦で最も興味を持った部分。そして、それこそが沖縄を悲劇に突き落とした最大の理由だと考える。

そこを追求することが今回の作品の大きなテーマだ。もちろん、これまでに作られたドキュメンタリーでも、その分は描いている。が、どれを見ても明確なものが感じられず、教科書を読んだように事実としての認識はできるが、心に刺さらない、感情に反応しないことが多かった。目に見えないものを伝える難しさなのか? 詳しく描きたくないのか? 伝わる作品はほぼない。

沖縄戦史の専門家とは別に、戦争の専門家にもいろいろ教えて頂き、日々、ご意見を頂いている。本当に素敵な方が身近にいてくれたこと痛感。その方についてはまた機会を別にしてご紹介したい。まずは、いろいろ教えて頂く。


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本日の作業予定 「沖縄戦」=チビチリガマ [編集作業]

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本日の作業予定 「沖縄戦」=チビチリガマ

午前中に昨日の作業報告をするのだが、昨日のは昨夜の内にしてしまったので、本日は本日の予定を書いてみる。ま、編集作業の報告や予定を読んでも、皆さんにはあまり面白いものではないと思うが、映像編集というのは、編集者がこんな風に悪戦苦闘しながら何ヶ月も続けるものなんだなあ〜と感じて頂ければ十分だ。

さて、昨日は「シュガーローフ」編「首里城」編を編集した。その中でナレーション用のテロップで「あれ?」と思う部分があった。嘉数高地の戦闘とシュガーローフと首里城がごっちゃになっている? もう一度、原稿と、資料を見直して確認せねばならない。ドキュメンタリーなので史実は正確に表現せねばならない。

あと、「チビチリ」編を早く編集したい。が、近日中にまた関係者打ち合わせがある。そのための資料作りもせねばならない。打ち合わせは大事だが、そのために「編集モード」が切れてしまう。先日もそれで調子が狂い、作業速度が落ちた。が、1人何役もやっているので、全て僕がせねばならない。

本日はどこまで進めるか? 頑張ってみる。


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「乘ってくれ? haha~」いや、乗ってないぜよー編集作業 [編集作業]

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「乘ってくれ? haha~」いや、乗ってないぜよー編集作業

本日は「チビチリガマ」編の作業をしようと思っていたが、「朝日のあたる家」九州上映の話が来て対応。他にもいろいろあって、午前中から作業スタートとは行かず。その他の連絡もあり、編集モードが切れてしまう。「チビ」は巨編なので、集中力が必要。本日は別のパートをやる。

「シュガーローフ」編「首里城陥落」編は証言がないので、比較的楽。それらの作業をする。今回はナレーションがかなりあるので、編集をしながらナレ書きをして、それをテロップにして貼り付けていく。ちょうどカラオケ・ビデオのような感じなる。

それを自分で声を出して読んでみる。テロップが足りなければ長めにして、長ければ短くする。それに合わせて映像も調整。全体的に短くなった。尺を見ると、3時間11分。これなら確実に2時間内になる。

とは言え、このあと加える映像もかなりあるので、引いたり、足したりの作業が続く。あと、構成も変えながら進める。飽きないように証言と記録映像が交互に来るようにしているのだが、長いエピソードの後は短いのが来るようにする。何度も書くが、ドキュメンタリー作家はよく

「これは大事なことを描いているので、多少退屈でも我慢して見なければなりません!」

という思いがあるような気がする。が、それはダメ。学者にもそんな人が多いが、大事なことなら、客が努力したり我慢したりするべきと言うのは傲慢だ。おしどりマコさんが、笑いを交えて原発事故報告をするように、ウーマンラッシュアワーがお笑いで、沖縄問題を伝えるように、客が聞きたい!と思えること。とても大事。

もちろん、今回のドキュメンタリーは笑えるものではないが、退屈しないこと。我慢せずに見れる作品にしたい。そのためには歴史的事実を伝えながらも、演出や技術を駆使して見せる必要がある。が、本日はノリが足りない。「乗ってくれ?」と矢沢永吉に言われても「haha〜」とは言えない集中力。いかんぜよ。。。でも、タイムラインを見ると、それなりの感じに。。。分かる人は分かるよね?


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